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東京地方裁判所 昭和32年(レ)217号 判決

控訴人 岡田正二

右代理人弁護士 円山潔

被控訴人 青木衛

右代理人弁護士 緒方勝蔵

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、金六万五千円及びこれに対する昭和三十一年八月十六日から完済まで年五分の割合による金員を支払うこと。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原審及び当審証人川島栄一の証言により成立を認め得る甲第一号証、原審及び当審における控訴本人の供述により成立を認め得る甲第二号証、当審証人久保庄吉、原審及び当審における証人川島栄一及び控訴本人の各供述を総合すると、左記(1)ないし(5)の事実が認められる。

(1)控訴人は、飯田橋のガードの近くで、千代田商会と称して不動産取引仲介業を営んでいる者であるが、昭和三十一年五月十二日訴外洞口小平から、友人が買いたいといつているが、この辺で百二三十万円の工場になるような家屋はないか、という趣旨の依頼をうけ他から売却斡旋の依頼をうけていた竹島町所在の物件を紹介した。そしてその翌日、洞口に電話で意向を聞いたところ、洞口から友人というのは被控訴人であるから直接被控訴人に尋ねてみるようにという返事があり、被控訴人方の電話番号を教えてきたので、控訴人は被控訴人に対し、右の竹島町所在の物件を紹介し、次いで関口町所在の物件を電話で紹介したが、被控訴人はいずれも買受けを希望しなかつた。

(2)ところが同月十七日頃、控訴人は訴外川島栄一からその所有にかかる文京区江戸川町九番地の宅地三十一坪五合及び同地上の平家建家屋一棟建坪十八坪二合五勺(以下本件物件という)を代金百五十万円で売却斡旋方の依頼をうけたので、その頃被控訴人に対し、本件物件を紹介し、代金は百五十万円の申込である旨を告げた。被控訴人は、百三十万円位にならないかというので、控訴人は、百三十万円なら買うかと念を押したところ、被控訴人は、百三十万円なら買いたいから交渉して貰いたいと答えた。

(3)そこで、控訴人は値段の交渉のため、川島に電話したり、店員を川島方へやつたりしたが、川島が不在のため、交渉は進まなかつた。

(4)  一方、同月二十四日頃、川島のところへ洞口から電話があつて本件物件を千代田商会に売りに出しているが、それを取りやめて仲介業者を抜きにして、自分の友人の被控訴人に百三十万円で売つてくれないか、千代田商会の方を取りやめれば被控訴人の方で買受けるから被控訴人の方へ電話をするようにといつて、被控訴人の電話番号を教えてきた。洞口と川島は親しい友人である。そこで、川島は、すぐ被控訴人に対し、電話で、洞口から聞いたが、本件物件を買つて貰いたいと申し入れ、他方、千代田商会に対しては、債権者との関係で売れなくなつたからという口実を構えて売却斡旋の申込を撤回した。

(5)かくて、同月二十五日頃控訴人の手を通さずに直接被控訴人と川島との間に代金百三十万円で本件物件の売買契約が成立した。

原審及び当審における証人洞口小平及び被控訴本人の供述のうち右認定に反する部分は措信できないし、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

当裁判所は、右に認定した事実の推移と弁論の全趣旨を総合し、経験則に照らして、被控訴人は控訴人に対して本件物件の買受方の斡旋を依頼しておきながら、洞口小平と共同して川島をして控訴人に対する売却斡旋方の依頼を撤回させ、自らこれを買受けたものであると推認する。もつとも、洞口から川島に対する前記売却斡旋方の依頼撤回の勧告が被控訴人と通じてなされたものであることについては、これを明認すべき直接の資料はない。また、見方によつては、洞口がいずれもその友人である被控訴人と川島の利益をはかるため全く彼の一存で川島に対して撤回方を勧めたもので、被控訴人は前記の撤回勧告には全く無関係であつたのではあるまいかというふうにみられないでもないが、この点に関する証人洞口小平と被控訴本人の供述は余りにも白々しいものであつて、このような推測が事案の真相と遥かに遠いものであることを思わしめずにはおかないのである。すなわち、証人洞口小平は、当審において、初めは、川島に対して前記(4)記載のような電話をしたことは全くないと述べ、ついで、川島から金に困るので家を売ることになつたという電話があつた際、自分の友人の被控訴人が家をさがしていると伝えたことがあるが、それは(1)記載の千代田商会を訪ずれる前のことであると思うというように明らかに事実に反した証言をしておるし、被控訴人も控訴人から本件物件の紹介をうけたこともなく、川島から突然電話で本件物件の買取を求められたもので、洞口に対しても家をさがしてくれと頼んだようなことは全くないと述べ、そこに歴々たる作為の跡を看取できるのであつて、何故にこうした作為的供述がなされたかの所以を考え、前記認定事実と弁論の全趣旨から推せば、前判示のように、被控訴人は洞口と共同して川島をして控訴人に対する売却斡旋の依頼を撤回せしめたものと推認するのが経験則上相当であると断ぜざるを得ないのである。

しかして、前記のように、被控訴人と川島との間に金百三十万円で本件物件の売買契約が成立した事跡からみれば、もし被控訴人が川島をして売却斡旋の依頼を撤回せしめなかつたとすれば、控訴人の斡旋によつて被控訴人と川島との間に本件物件の売買契約が成立し、控訴人に報酬請求権が発生したであろうことは容易に推測できることであるから、被控訴人の右の行為は条件の成就によつて不利益をうける者が故意に条件の成就を妨げた場合に該当し、控訴人は被控訴人に対して、控訴人の斡旋によつて売買契約が成立した場合と同様に、その報酬を請求できるものといわなければならない。

しかして、不動産取引仲介業者の仲介により売買契約が成立したときは仲介業者は目的物件の価額が二百万円以下の場合は、東京都においては、売買当事者の双方からそれぞれ代価の五分に相当する報酬金を請求し得る事実上の慣習が存することは原審及び当審における控訴本人の供述によりこれを認めることができるから、特別の事情の認められない本件においては控訴人は被控訴人に対し前記売買代金百三十万円の五分に相当する六万五千円を請求できるものといわねばならないから、右金六万五千円及びこれに対する訴状送達の翌日たること記録上明らかな昭和三十一年八月十六日から右完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の本訴請求は理由がある。これを排斥した原判決は不当であつて、本件控訴は理由がある。よつて民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井良三 裁判官 高橋久雄 石川良雄)

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